先進諸国のほとんどは、市場メカニズムを通じて為替レートを自由に決定させるいわゆる変動相場制を採用していますが、新興国(エマージング)諸国等では固定相場制を採用しているケースもあります。
そのうちの一つ中国の人民元について、昨年から切り上げ、変動相場制への移行の議論が活発になっています。さて、固定相場制とはそもそもどのようなものなのでしょうか? |
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| ■固定相場制とは? |
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固定相場制とは、為替相場の変動を、固定もしくはごく小幅に限定する制度です。
ぺッグ制ともいいます。pegとは釘止めし、安定させるという意味です。
IMF(国際通貨基金)があらかじめ設定した平価の上下1%以内に維持する管理相場です。
ときに経済に急激な変化が現れると、国境を越える資本の移動も急激に加速します。そのような急激な値動きに対しては中央銀行が通貨の需要と供給を調整して変動幅を守ろうとします。(通貨介入)
しかし、投機的な力も加わり基準となる平価を維持できなくなることもあります。そのような場合に限り、IMFとの協議の上で平価を変更することが認められていますので、平価調整により通貨の切り下げ、又は切り上げを行います。 |
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| ■固定相場制のメリットとデメリットとは? |
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最初に述べたように固定相場制を採用している国のほとんどは開発途上国であるエマージング諸国です。
通常、自国の通貨を、貿易において結びつきの深い国の通貨に連動(ペッグ)させる場合が多く、それによって為替相場の変動に振り回されることを少なくして輸出競争力を確保し、貿易を円滑に行うことができます。
中南米では米ドルと、アフリカなどではフランスフランとペッグしている国が多くあります。
しかし、問題もあります。
ペッグ制による相場維持のために金利政策もその相手国に追随しなくてはなりません。
例えば、米ドルと固定している国は、米国が利上げしたときには、自国の景気動向や金融政策にかかわらず米国に追随して利上げする必要があります。
そうしなければ、資金が自国から米国に移動し、大量の米ドル買い/自国通貨売りが発生し、自国通貨が急落する可能性があります。
また、それによりインフレが発生しかねません。 |
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| ■その他の固定相場制とは? |
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●通貨バスケット制
米ドルペッグ制のように1国のみの通貨と連動させずに、複数の通貨レートの平均値と自国通貨を連動させるものです。
主要な貿易相手国が複数にわたる国では、1国の為替レートに偏ることを避けます。
通貨バスケットの構成国の割合を公表している国もありますが、シンガポールのように投機筋に手を読まれないために、公表していない国もあります。
●管理フロート制
為替レートを市場メカニズムに任せる形をとるものの、その国の政府・中央銀行が介入して為替レートを管理する制度です。
中国のドルペッグ制がこれにあたりますが、中国人民銀行(中央銀行)が常時介入しており、実質的には固定相場制となっています。
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■固定相場制の歴史
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〜第一次世界大戦前_金本位制
国際的な決済制度は各国が同じ貨幣制度を採用することによりより利便性が高くなります。
イギリス(大英帝国)は1816年に金のみを本位貨幣とする金本位制に踏み切りますが、他の国々は、その後も銀本位制あるいは金銀複本位制を採用していました。
しかし、金銀比価の変動はこれら非金本位制諸国を悩ませ、1870年代の銀価格暴落時代を経て、19世紀後半までには、世界の主要国が金本位制を採用することになりました。
金本位制とは、中央銀行が、発行した紙幣と同額の金を常時保管し、金と紙幣との兌換(引き換え、交換)を保証する制度です。金1オンス(31.1035グラム)=3ポンド17シリング10ペンス半と定められ、この価格が金本位制を停止した1914年まで約100年間維持されました。日本も1897年に金本位制を採用しました。
〜第一次世界大戦後_金本位制から固定相場制へ
第一次世界大戦後、一度は国際通貨制度として古典的な金本位制度が復活しました。
しかし、再度停止され、各国は輸出を伸ばすため為替レートの切り下げ競争に走るなど、為替管理強化を図ります。
それが第二次世界大戦勃発の経済的要因であったという反省から、1944年にアメリカのニューハンプシャー州のブレトンウッズで国際通貨基金協定などが結ばれました。
その中で、IMF(国際通貨基金)が発足します。
金だけを国際通貨とする金本位制を採用せず、ドルを基軸通貨として金とならぶ国際通貨とする制度を作りました。
これをブレトンウッズ体制とかIMF体制、あるいは金ドル本位制といい、為替レートの変動という観点からは固定相場制とも呼ばれています。
この通貨制度は、まず金を基準にドルの価値を決め、さらにこのドルに対して各国の通貨の交換基準が決められました。(当時、金1オンス=35ドルでした。)そして、為替相場の変動は平価の上下1%以内に抑える義務を負うことになりました。
日本では1949年に1ドル=360円と定められ、1958年IMF(国際通貨基金)によりIMF平価として登録されました。 |