1991年〜93年 ハイパーインフレ(ものすごいスピードのインフレ)
ソ連崩壊後、それまでの無理やツケがすべて噴出し、通貨ルーブルが暴落し、物価が"とんでもない"レベルにまで上昇しました。
国の制御は不能となり、多くの人々が大変な目にあったと言います。インフレによって物価は年間で70倍にも達し、100円のジュースが、1年後に7,000円になってしまいました。
ロシアはインフレ対策として、1998年1月1日に1,000ルーブルを新1ルーブルにするデノミを実施しました。これをきっかけに金融・財政危機を避けようと試みましたが状況は改善しませんでした。
そしてロシア危機〜政府は、1998年8月17日
1998年8月17日には、ロシア政府と中央銀行は、ルーブルの実質的切り下げと対外債務の返済猶予を発表します 。
- 通貨ルーブルの大幅な引き下げ
- 民間銀行の対外債務の支払いを90日間凍結(支払猶予=モラトリアム)
- 年内に返済期限が来るルーブル建ての短期国債を新規国債に切り替える等の方針(事実上の債務繰り延べ)
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当時のロシア国債は年率15%もの利率をつけて、借り入れ(債券発行)をしていました。
15%の利回りに魅力を感じてロシアにお金を貸していたのはいいのですが、突然「ちょっと、期日までに返せないのでもうちょっと待って」といわれたら困りますよね。ロシアという大国のデフォルト(債務不履行)です。
怒涛の通貨ルーブル・債券・株式に売りが殺到し、これをきっかけにして、世界金融危機が始まったとされています。その余波は米ドル/円相場にも影響を与え、1998年10月5日から8日までのたった4日間で、約25円のドル安円高を引き起こしました。ロシア国内では銀行封鎖という形で民間人の預金が政府に取り上げられてしまいました。 |